ささやかにたのしくいきたい

日々楽しく幸せに生きていたいオフィスワーカーの日常と覚書です

すてきなともだち

子供の頃母が「親友が一人できたらそれは素晴らしい人生だ」となにかの映画から刺激を受けたかのような台詞を言ったことがある。

確かそれはわたしが遠く離れてしまった友達とやりとりしていてお互いを(今にして思えば随分気楽に) "親友" と呼んでいることを伝えた後だったように記憶している。

大人になってから、「ウム、そうかもなぁ」と思ったが、だいぶ大人になると「本当にそうだ」と思うようになった。

母の言葉が結局ずっと気になって、意図的に定期的に「親友はいるか」「友達はいるか」を自問自答する癖と共に過ごして数十年。

振り返れば友達の総数はだいたいずっと同じか増える傾向にあると思う。

親友は、やはり定義と考え方の甘さがじわじわときいてきて、僅かな数やその対象が増えることはほとんどない。むしろ減る、または減るのでは、と思えることがしばしば。

 

しかし、大変光栄なことに、ほとんど不安を感じないともだちがいる。

長い期間の間で不安を感じたことがないわけじゃないし、それを本人にもペチペチとぶつけたりして、またそれをやってしまった罪悪感からの謎めいた言い訳を延々話続けたりしたが、あちらは大して気にしていないようだ。

 

そして先日、最近ピスピスしている自分のもやもやとそう感じる自分の意識できる課題と意識の及ばない可能性について延々と話を聞いてもらった。

そもそも話を聞き続けられるってほんとにすごい。

そんな人を友達にできただけでもラッキーとしか言えないのだが、

たぶんこの方は真剣にわたしの親友なのだ。

すごい。

幸せを感じる。

 

ほとんどのことで似たような感じかたをして、

困っていると言われたらびったり寄り添う。

相手が爆笑したらつられて爆笑して、

どうでもいい話を延々とできる。

いろんないいことの中でも特にラッキーなのが、

とてもかわいい。やさしい。すき。と思える。に加えて、

金銭感覚や勤続年数が非常に近い状態にあること、

何を言っても言えなくても言われても不安に感じないほど信頼していること。

くだらない相談にくだらない解決策をみつけてはしゃげること。

ちょっと間にすんごいスペシャル混ぜてしまって

それに気付いたら喜びで人生の輝きを更に感じる。。。

 

 

 

本当にありがたいな。

不安があるとすれば体が弱めな気がするから

とにかくそこだけは気をつけてもらわないとな✨

 

お互い楽しく元気に長生きできますように。